東京18000歩 その7 平川門 北の丸公園 武道館 田安門

決算棚卸も終了、棚卸表の作成も完了

しばらくぶりに東京記事をアップします。


大手濠緑地から西方向にお濠沿いに進みます。見える橋、門は「平川橋」「平川門」。桜田門などと同様の桝形門です。この二つの門と橋を一式として「平川門」というそうです。

皇居 平川橋 平川門 大手濠2

門に向かって橋の左側が大手濠、右側が平川濠。平川門は江戸城三の丸の正門で、徳川御三卿「田安・一橋・清水」の各徳川家の登城門でした。奥女中の通用門として「お局御門」、死者や罪人をここから運び出したことから「不浄門」という異名ももっていました。

皇居 平川門 平川橋
現在の橋は、1988年に架け替えられたものです。

内堀通りの向かい側には「毎日新聞社ビル」、枝分かれした代官町通りを歩いたのですが、「国立近代美術館」「国立公文書館」などが並んでいます・・・(画像無し)。また、歩いていた歩道には「江戸城築城の碑」もあったのですが、いったいどこを見て歩いていたのでしょう!

内堀通り 毎日新聞社

竹橋、北桔橋門をすっ飛ばして、いきなり「北の丸公園」の森の中です。

北の丸公園

1964年のオリンピックで柔道会場となった日本武道館。来年のオリンピックに向けて改修工事中です。

武道館 北の丸公園 修復中

もう数時間も歩き続けているので一休み。「ザ・フォレスト北の丸」。自販機で缶ジュースを買って一服です(タバコを吸える場所はありません)

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またまた現れた江戸城の門、今度は「田安門」です。やはり高麗門・渡櫓門で構成された桝形門です。

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古くは「田安口」「飯田口」と呼ばれ、上州への道があったといわれています。門内の辺りは、当初、田安台といわれていた百姓用地で、そこに田安大明神(現・築土神社)があったことから名付けられたそうです。

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門の内側は現在、武道館などがあり「北の丸公園」として一般に開放されています。当時は田安徳川家、清水徳川家が周辺を所有していました。江戸城築城後は北の丸と称し、代官屋敷や大奥に仕えた女性の隠遁所となりました。千姫や春日局、徳川家康の側室で水戸頼房の准母英勝院の屋敷などがありました。

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8代将軍、徳川吉宗が自身の次男を家祖として興したのが田安徳川家です。

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田安家は、清水家・一橋家とともに、将軍家に世継ぎがいないときに将軍の後継者を出す役目があり、徳川御三家に世継ぎがいないときも供給する役目を負わされていたそうです。

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田安門前の歩道橋から一枚。

さて、次は・・・・・・




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